生活保護基準引き下げの最大根拠とされた物価下落率。しかし、実は厚労省による偽装だった!?
厚生労働省の物価偽装問題をとことん追及しつづけてきた白井康彦さん(中日新聞社 編集委員)による【厚労省による物価偽装問題Q&A】の連載がはじまりました。Q&A形式で、わかりやすく解説してくれます。第1回は「物価偽装とは何か?」です。
- 厚生労働省(以下、厚労省)による物価偽装って何ですか?
- 2013年8月から段階的に(編注:生活保護の)生活扶助費が削減されました。その一番の要因が厚労省の持ち出した「物価スライド(物価連動)」の論理です。物価が下がって生活が楽になっているのだから、生活扶助費を削る、という論理です。物価下落率をそのまま生活扶助費の削減率に反映させました。
- 厚労省はどれだけ物価が下がった、と説明したのですか?
- 厚労省は、生活扶助費で買う品目の消費者物価指数を意味する「生活扶助相当CPI」という新たな物価指数を勝手に編み出しました。その生活扶助相当CPIが2008年~2011年にかけて4.78%下落したとして、その下落率をそのまま反映させて生活扶助費を国予算の年間ベースで580億円も減らしました。この下落率の4.78%が物価指数を見慣れている人が皆驚く異様に大きな数字なんです。この生活扶助相当CPIのこの3年間の下落率でも、正しく計算すれば、1%未満というのが白井の意見です。それなら、生活扶助費の削減額は100億円ぐらいで済みます。厚労省はデタラメな計算で、生活保護受給者の命綱である生活扶助費を500億円ほども過剰に削ったわけです。白井は「詐欺行政」という意味を込めて「物価偽装」と言っています。
- 統計の偽装の重大性がよく分かりません。
- 政府や自治体の行政運営には数多くの統計が使われます。「こういう統計があるからこういう施策を打つ」という流れになります。保育園の待機児童がすごく多いという統計があるから、政府や自治体がその対策に躍起になっていたりするわけです。その統計そのものを恣意的にねじ曲げるのは、行政の信頼性を損ねる非常によくない行為です。ですが、軽微な統計のねじ曲げみたいなものは意外に多いと感じています。厚労省の物価偽装は、軽微ではなく、非常に重大な内容です。
- 生活保護の利用者でない人は物価偽装に無関係なのでは?
- そんなことはありません。生活保護基準は、最低賃金、住民税非課税基準、国民健康保険、介護保険、保育料、就学援助などさまざまな制度と関連があります。生活保護基準が最低生活費の基準になっているからです。生活保護基準が下がると、こうした多くの制度の基準が下がって、困る人が数多く出てしまうのです。それだけではありません。国が給付する制度で、統計偽装による給付基準の引き下げが次々と行われたらどうなるのでしょう。今回の生活保護基準に関する物価偽装は本当にあきらかな酷い統計の偽装・捏造です。それを許したら、統計偽装による社会保障給付の削減が普通のことになってしまうような気がしてなりません。
- 不正受給と物価偽装はどういう関係でしょうか?
- 生活保護の不正受給問題は、2012年春に民放テレビなどを中心に「お笑い芸人の母の生活保護受給」の問題の大量報道があったときに関連で「これでもかこれでもか」と報道されました。生活保護受給者のほんの一部が不正受給しているだけなのに…と我々は怒りますが、「生活保護=不正受給」みたいなイメージが多くの国民に植え付けられてしまったことは紛れもない事実でしょう。
一方の物価偽装です。これは詐欺行政であり、マスコミが本来は連日のように報道せねばならない重大事案です。しかし、物価指数の話はなじみにくい人が多く、国も認めようとはしないため、マスコミがなかなか報道しません。しかし、物価偽装は事実としては間違いなくありました。だからこそ、『生活保護削減のための物価偽装を糾す!』(あけび書房)という題名の本を出した白井も大丈夫なわけです。
世の中の人のイメージというのは相対的な面があります。物価偽装という事実の周知が進めば、「厚労省はけしからん」という感情が国民の間で強まり、生活保護不正受給のイメージが薄れていくことにも役立つのではないかと思います。
私は10数年前、多重債務問題に精力を傾けていました。多重債務者が猛烈に多かったのは、サラ金などの高金利の過剰融資が直接的な原因でしたが、当時は「借りた方が悪い」という国民の見方が強かったです。局面が変わったのは、武富士の会長が逮捕された瞬間です。フリーライターに盗聴を仕掛けたのです。それ以後、武富士やアイフルなどによる高金利過剰貸付・過酷取り立てが社会問題化していき、「借りた方が悪い」という見方は影が薄くなっていったのです。
生活保護についても、物価偽装を仕掛けた側の「真実の悪さ」がクローズアップされるほど、生活保護不正受給が蔓延しているという「偽りの悪いイメージ」が薄れていくのだと思います。
- 憲法25条(生存権)と物価偽装はどういう関係になりますか?
- 「健康で文化的な生活」が憲法25条に書かれています。その生活を支えるのが生活扶助費。その生活保護受給者の命綱である生活扶助費を物価下落率を意図的に猛烈に膨らませる「物価偽装」でばっさり削ったわけです。命綱を不当に細くしたのが物価偽装なんです。物価偽装問題に取り組むことは、憲法25条を大事に守ることでもあります。
- 公的年金の物価スライドと生活扶助費の物価連動の削減は似たようなものですか?
- 似たようなものです。公的年金の物価スライドの際に、物価下落率が大きく膨らまされている物価偽装が判明したら、そのときの政権が吹っ飛びます。生活保護に関してだと、どうして物価偽装が行われても問題がクローズアップされないのか、生活保護に対する風当たりの強さが背景にあるような気がします。間違った事実認識に立って生活保護を厳しく見ている人が多い現状は自分もつらいです。
- 物価偽装問題は、マスコミ、国会議員、生活保護の裁判を担当している弁護士らに任せておけばいいのではないでしょうか?
- 違います。多くの生活保護の利用者が当事者として物価偽装追及運動・憲法25条を大事にする運動に参加すれば、局面がひらけてきます。運動に参加する人が少なければ、難局は打開できないでしょう。
国会では国会議員らが繰り返して物価偽装問題を追及しました。全国各地で行われている生活扶助基準の裁判でも、物価偽装問題が主要な論点になっています。しかし、国会や裁判の前途は楽観できるものでは到底ありません。
国会議員らが感じているのは「物価偽装問題に取り組んでほしい」という国民の声が少ないことです。白井がいくら国会議員に協力要請してもたかがしれています。多くの当事者の声が国会議員に届いていないのです。
白井は、各地の裁判をできる限り傍聴しています。そこで感じているのは、物価偽装問題を理解している人の絶対的な少なさです。傍聴者が何十人といても弁護団が十数人いても、法廷内で物価偽装問題をしっかり理解できている人数はせいぜい2~3人という感じがするのです。物価指数の論点について裁判所が間違った判断をしても、「不当判決」という叫びの音量さえそれほど大きくならないように思います。
自分以外のマスコミ人の腰が重いのも「物価偽装が酷い」という声が小さいことが重要な要因になっています。
「物価偽装問題は数字にかかわる問題。数字は苦手だから…」と人任せにしていたら、局面は好転しないでしょう。
多重債務問題が大きくクローズアップされて2006年に貸金業制度が抜本改正され、多重債務者が激減しました。制度改正を求める大運動に、多くの多重債務者が加わりました。マスコミは当事者の叫びのような声には反応することが多いです。多重債務問題では、多重債務者が立ち上がりました。生活保護問題では当事者は立ち上がれないのでしょうか。
(白井康彦/中日新聞社 編集委員)
(協力:野神健次郎/《STOP! 生活保護基準引き下げ》編集委員)