執筆者:中村 順《なかむら じゅん/「STOP!生活保護基準引き下げ」編集部員、生活保護利用の《崖っぷち》にいるビンボー人》

「事件」の概要

 神奈川県小田原市の生活保護担当職員が「保護なめんな」「我々こそが『正義』」「不正者はカスだ!」などの威嚇的文言(※ローマ字・英語・日本語)入りジャンパーを着用していた「事件」が、2017年1月に発覚した。遡(さかのぼ)る10年前の2007年、生活保護費を停止された男性(当時六十代)が逆上して市職員に対して暴力をふるい、制止しようとした職員2名にカッターナイフで傷を負わせた。これを端緒として、職員らは生活保護利用者へのヘイトスピーチ(憎悪の扇動)を開始し、10年間にわたって続けてきた。その間、行政内部で彼らの「不適切な」行為が問題視されることはなかった。

 事件発覚後、様ざまな団体および個人から厳しい批判が小田原市に寄せられた(生活保護問題対策全国会議による公開質問状を含む)。市は、問題の衣類を着用禁止、福祉健康部長以下7人に厳重注意、加藤憲一市長から関連する全職員への訓示、市内全生活保護利用世帯に謝罪文発送……などの対応をとる。加えて2月末から3月下旬にかけて全4回の「生活保護行政のあり方検討会」(※以下「検討会」)が実施され、市職員・元生活保護利用者・元ケースワーカー・学識経験者・弁護士が参加して討議が重ねられた。4月30日にはシンポジウム『利用者と支援者の壁をこえていく』も開催された。検討会とシンポジウムには一般市民の傍聴やメディア各社やフリージャーナリストによる取材も多く、この問題がいかに注目されているかが可視化されることになった。

公務員による暴力的なヘイトスピーチ

「保護なめんな」ジャンパー事件を知ったとき、私(中村順)は「きわめて暴力的なヘイトスピーチだ」とまず思った。どこが《暴力的》なのか? ピンとこない方もおられるだろう。そこで以下にジャンパー背中側・胸側の写真を示しつつ、かいつまんで説明する。

 背中側の写真。いちばん上に「SHAT」と大きく示されている。当該職員らはこれを《生活保護の悪を撲滅するチーム》の意であると釈明した。だが私が第一に連想したのは「SWAT(Special Weapons And Tactics/特殊火器戦術部隊)」である。拳銃・ライフルなど銃器が溢れるアメリカ合衆国で凶悪犯罪者に対抗するため重武装した警察部隊が SWAT だ。つまり小田原「SHAT」とは「不正者は容赦なく鎮圧する──殺しもあるぞ」という隠喩を含む野蛮な恫喝。そう私は感じたのだ。この点は「うがちすぎ」と思われる方もいるかもしれない。しかし、小田原市生活支援課・栢沼(かやぬま)教勝課長はメディアの取材に対して《SWATをまねたようです》と認めている(※「週刊女性PRIME」編集部/2017年02月18日)。

 加えて指摘すると shat は shit (大便をする)の過去形・過去分詞形だ。ヘイトスピーチ加害者たちは「糞をたれた」ロゴ入りジャンパーを着用して業務に臨んでもいたのだ! その意図は計り知れないが…… 「国辱」ものと言われてもしかたない、恥ずかしすぎる振る舞いだと私には思える。もしかしたら「不正者はクソ」という、これもまた威嚇表現だったのだろうか? あるいは「shut/締め出す」と間違えていたのかもしれないが……ともあれ不毛な推測をするのはやめておこう。

「SHAT」に続いて次のような意味の英文が記載されている(※日本語訳は STOP! 生活保護基準引き下げ編集部による)。

チーム保護
我々こそが「正義」であり、正義であるべきだ。ゆえに我らは小田原のために働かなければならない。
厳格に職務を遂行することで、不正者を発見し、追跡し、処罰する。
もし我々を騙すことで不正な利益を得ようする者たちがいるのなら、恐れることなく言おう。「奴らはカスだ!」と。

 次はジャンパー胸側の写真である。

保護なめんな
SHAT
悪(※バツ印が被せてある)
根絶
2007年創設

生活保護制度は「いのち」を守るためにある

 生活保護担当公務員の職務は人々の生活を支援することである。しかし、当該職員らは自らを絶対正義とみなして、不正者を「カス」と決めつけた。重武装した警察特殊部隊(SWAT)気取りで、不正者を発見し、追跡し、処罰することを宣言した。──なんとも危ういヒロイズムがあったように思える。言うまでもなく、彼らは警察官でも裁判官でもないのに、圧倒的な勘違いをしていた。一方で、そのような職員らと接せざるを得なかった小田原市の生保利用者たちはどんな気持ちでいたのだろうか? 市側によると、利用者からの批判的意見は過去10年間なかったというのだが…… これに対して「検討会」では検討委員の和久井みちるさん(生活保護を3年半利用した経験を持つ)から次のような反論がされた。

当事者にとってのケースワーカーは絶対権力者。一対一の関係の中で、うまく自分のことが伝えられない、説明がわからない中で、いきなりジャッジされてしまう怖さがあるので、「そのジャンパー変ですよね。」と言える当事者がいるわけがない。

 加えて、私の知る(小田原市外の)生活保護利用者(複数)の声も紹介しておこう。

「ほんとうのことはまだ分かっていない。徹底的に実相を解明してほしい」
「加害者らは表面的には頭を下げて見せるだろうけれど、内心では『なんで俺たちばかりが責められなきゃならないんだ』と反発しているのではないか?」
「『不適切』『不祥事』といった行政用語の範疇を超えた、れっきとした犯罪ではないか?」
「加害者たちには刑事罰を受けて欲しい」
「相模原『障害者』大量殺戮事件にも等しい衝撃を受けた」

 など非常に厳しい意見が多いのだ。けれども、それら当事者の声は表面にはなかなか上がってくることがなく、したがって「ない」こととされてしまう可能性が高い……

ヘイトスピーチは「人殺し」

 事件発覚後の小田原市は或る意味で「機敏」である。また私自身も市側の対応に「誠実」を感じたことは何度かあった。生活保護の問題にかかわる人々による市を賞賛する声(「よくやっている」等)も少なくない。……とは言うものの、そこには大きな保留をつけなければならないだろう。何と言っても、事件が公然化される前には「やりっぱなしと放置」の10年間があったのだ。ヘイトスピーチを──避けるすべもなく──浴びせられ続けてきた「被害者」たちがいたのだ。見下され、踏みつけられ、人権を侵害された人たちに対して「全ては過ぎたのだから、なかったことにしてくれ」などと言う権利は誰にもないはずだ。

 ヘイトスピーチは個々の人間と社会を決定的に傷つける。ヘイトスピーチは「魂の殺人」にも等しい。そして、もし憎悪の扇動をそのままに放置するなら、社会に憎悪が蔓延してゆき、遅かれ早かれ血が流れることになる。人の死という結果に至るのだ。ヘイトスピートは巨大な暴力の要因になる。ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺(ホロコースト/ショアー)、ルワンダ大虐殺、日本の関東大震災時の朝鮮人虐殺、相模原「障害者」大量殺人事件なども、まず憎悪の言葉を特定の人たちに向けることから始まったのだ。自らを「絶対正義」と見做した人々が、憎悪を撒き散らし、殺人へのきっかけを作る。ヘイトスピーチとは「言葉の上」だけで済まされることではない。真に罪深い、危険な「罪悪」だと私は思う。

 いま日本では「生活保護ヘイト」「沖縄ヘイト」「民族ヘイト」言説が跳梁跋扈している。東京・新大久保、大阪・鶴橋など各地で「よい韓国人も悪い韓国人もどちらも殺せ」「鶴橋大虐殺を実行しますよ!」といった醜悪きわまるヘイトデモを行う人たちがいる。ここで想像力を働かせてみて欲しい。「もしあれが公務員だったら?」と。実際にはそういった悪しき実例は既にある。沖縄県辺野古で、米軍基地建設に反対する市民に対して──「本土」から派遣された──機動隊員が「土人」「シナ人」と罵声を浴びせた。小田原「SHAT」ジャンパー事件も辺野古事件も本質的に同じだ。公務執行中の公務員によるヘイトスピーチ(もしくはヘイトクライム/憎悪による犯罪)なのである。

 生活保護制度は人々の「生存権」を守るためにある。生活保護を担当する公務員は「いのちの守り手」なのだ。その点で、救急隊員、医師、消防官、警察官等と同じく、社会において重要な使命を果たしている。一方で、生保利用者と担当職員は絶対的権力関係──言うまでもなく担当者が権力を持つ──に陥る危険性を常に秘めている。利用者から見たケースワーカーは圧倒的強者である。小田原市職員が「保護なめんな」ジャンパーを着用してはいけない理由はここにある。いのちを守る仕事に就く人たちが職務においてヘイトスピーチを行なってはいけない。これはもう、何があっても、絶対に駄目!なのだ。

いのちを大切にする社会に

 ただし、ヘイトスピーチにヘイトスピーチで対抗しよう、という気持ちは私にはない。憎悪に対して憎悪で報復するなら、双方の憎悪は積り重なり、いずれは悲劇的な事態が生じることになるだろうから。小田原「SHAT」事件の加害者たちが真摯に反省して「更生」してくれることを心から望んでいる。生活保護業務を担う人たちには「自分は重要な使命を果たしているのだ」という誇りを持って仕事をしていただきたい。人殺しの勢力に加担するのではなくて、いのちを大切にする側に加わってほしい。そのためには、この社会に属する全ての人が、そのような状況を実現させるべく、地道な営為を重ねてゆく必要があるだろう。もちろん、私自身──非力ながらも──務めていきたいと思っている。

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